脳血管・神経内科

トピックス

脳血管・神経内科 レジデントとして



金澤有華 KANAZAWA Yuka

九州大学大学院医学研究院病態機能内科学
(現・国立病院機構九州医療センター脳血管・神経内科)



  私は,2008年度より,九州大学病態機能内科学/腎・高血圧・脳血管内科(旧第二内科)に入局しています.そして,同年4月から,福岡市にある国立病院機構九州医療センターで脳血管・神経内科レジデントとして勤務しています.現在ここで多くの方と出会い,様々なことを学んでいます.
 今回このような機会をいただいたので,これまでに私が出会った患者さんについて,また,現在思っていることなどを綴らせていただこうと思います.


 九州医療センターは,急性期病院としての役割を担っており,紹介されて来られる方,また,直接救急車で来院される方もあわせ,脳卒中を発症して間もなくの状態で入院されることが多くあります.リハビリテーションが必要ない状態で退院される方もいますが,リハビリテーションを通して,印象深い出会いとなった方も多くおられます.


 ある70歳の女性との出会いも,突然右手足が動かしにくい,コミュニケーションが取れなくなったということから救急車で来院されたのが始まりでした.診察すると,右半身不全片麻痺と重度の感覚性失語があり,ほとんど意味のある会話は成立しない状況でした.画像所見ともあわせ急性期脳梗塞と診断し,加療を開始,言語療法と理学療法によるリハビリテーションも早期より開始しました.
 彼女は,治療が進むにつれ,コミュニケーションが少しずつ可能となりました.しかし,同時に彼女の
 「もう無理.私は駄目です.」
 という発言が増えてきたのです.少しずつ言語理解も可能となってきたのに,なかなか自分の伝えたい言葉が出てこない,また,歩くのもぎこちないし,利き手はうまく使えない,ということでもどかしい思いを強く抱えていたのでした.
 脳卒中で緊急入院となる患者さんの中には,まさか自分が脳卒中で倒れるなどと考えたことなくそれまで生活している人が多いと思います.突然,先ほどまでできていたことができなくなるというのは,やはり大きな衝撃であると思います.医療従事者は一部の場合を除いて脳卒中発症後にその方と初めて出会うため,少しずつ失った機能を回復していく過程に向き合うわけですが,患者さんにとっては発症前の状態が普段の自分なので,たと え回復傾向にあっても本来の姿よりマイナスの状態が長く続くことになります.リハビリテーションにより完全に元の機能を回復するかどうか保証することはできず,回復のためにおこなっているとはいえ患者さんにとって必ずしも楽でないことを続けてもらうため, もどかしい思いや苛立ちを与えてしまうことも少なくありません.


 しかし,その思いときちんと向き合うことができれば,それは急性期に脳卒中患者と接するうえで意義のあることではないかと考えます。
 彼女は,更なるリハビリテーションが必要と考えられたため,回復期リハビリテーション病院へ転院することになりました.転院当日の朝,彼女と話をする時間がありました.
 「少しずつできることが増えていっていますね.頑張られる方だからなかなかご自分を認めるのは難しいかもしれませんが,きっとこれからも少しずつできるようになることは増えていくと思いますのでリハビリを続けられて下さいね.」
 そう話しかけると,
 「いや,なかなか….」
 と,まだ現在の状況を前向きに考えることは難しいようでした.しかし,
 「今度さらに良くなってばったり街でお会いしたいですね.」
 と言うと頷いてくれました.
 彼女がその時実際に何を思っていたのかは分かりません.頷いてくれたのは彼女の優しさであっただろうと思います.しかし,いつか少しでもここで出会ったことを思い出してもらえる日が来れば,と思いました.


 脳卒中で来られる方は,必ずしも全員が発症時より症状が良くなる訳ではありません.進行する脳梗塞など,治療をおこなっていても,逆に症状が悪化してしまうこともあります.
 以前担当した60歳の男性は,来院直後よりも麻痺が増悪し,麻痺側の上肢がほとんど使えず,それまで自分で食べることができていた食事が独りでは摂れなくなり,下肢の挙上も不可能となりました.症状が悪くなる可能性に関しては話していましたし,治療も相談のうえ良いと思われる方法をおこなっていたのですが,自分が何もできない悔しさを感じました.
 しかし,彼は娘さんの結婚式がもうすぐあるということで,リハビリテーションに積極的に取り組みました.ある日,家族が面会中に訪室すると,
 「先生見て下さい.今日ここまでできるようになりましたよ.」
 と,その日に練習した成果を見せてくれました.かなり強い思いでリハビリテーション に取り組んでいただろうと思います.見せてくれながら彼は涙ぐんでいましたし,その姿を見た家族も同様でした.
 自宅退院は難しいと考えられたため,その後彼は回復期リハビリテーション病院へ転院しましたが,転院の際には杖歩行を練習できる程度,上肢も少し挙上ができる程度まで回復しました.様々なことを教えていただいた出会いでした.


 日々の診療の中で,理学療法士の方や言語聴覚士の方に,担当患者さんのことについて相談することも多くあります.自分では気付けなかったことを教えていただいたり,どうすればその方にとって一番良い形を提供できるかをともに考えたりすることができます.私から提供できる情報はまだまだ少ないですが,さらに増やせるよう努力していきたいと 思っています.
 現在,私が勤務している九州医療センターを含め,福岡市では,地域連携パスという方法を採用しており,地域の脳卒中患者の治療を協力しておこなおうという取り組みが始まっています.院内の各スタッフの連携だけでなく、急性期、回復期、維持期あるいは療養型の医療機関への連携を深めるため,情報を共有する目的で作成され,急性期病院退院時の状態で回復期以降のリハビリテーションの目安を決定し,それに応じて一人の患者さんの治療を継続しておこなうことになります.私が現在担当しているのは主に急性期の治療ですが,数ヶ月前に担当した患者さんのその彼の経過用紙が送られて来ると,着実にリハビリに取り組まれていることが伝わり,嬉しくなります.前述の2人の経過用紙はまだ手元には届いていませんが,いずれ送られてくるのを期待しつつ,また新しい患者さんと 向き合いたいと思っています。


 これまで出会った患者さんの中には,言葉によるコミュニケーションが取れ,リハビリテーションをしっかりおこなうことができる人だけではなく,積極的なリハビリテーショ ンをおこなうことができない方もおられました.そのような方に対しても,拘縮予防とい う形からリハビリテーションがおこなわれています.そうすることで転院した先でもより少ない介助量で過ごすことができますし,言葉ではなくてもコミュニケーションを取るこ とができます.
 ご本人やご家族にとって,これから長く続いていく治療過程の中で,リハビリテーショ ンという形で現在の状態を維持,または改善させる希望が持てるということは,大切なことではないかと思います.その意味でも,リハビリテーションにかかわっていけるということは,そういった過程に参加できるということであり,やりがいのあることだと思っています.


 自分がこれから進んでいこうと思う道を決め,進み始めてから,一年が経過しました.
それまで初期臨床研修医として過ごしていた日々の中にも,大変なことは多くあった気がします.しかし,この一年間は,これまで以上に自分のできないことや足りないことに対 して悔しい思いやふがいなさを感じることの連続でした.
 やるべきことが分かっているのになかなかそれに取り組むことができず,そんな自分に気付いていながらも修正できないこともありました.そして,そのことをはっきり指摘されたこともあります.そのたびに,情けない思い,悲しい思いをすると同時に,やはりこれからも頑張っていこうと強く思いました.そのような環境で自分が過ごせていることに 感謝せずにいられません.


 これからもたくさんの方との出会いがあり,様々な思いを抱えることになると思います. 自分の心と身体も大切にすること,日々の中に楽しみや笑いを見つけること,そして,それぞれの方に,情熱と使命感をもって頁撃に向き合うこと,それを忘れないように,これからの毎日を過ごしていきたいと思います.

かなざわ・ゆか

金澤有華 国立病院機構九州医療センター脳血管・神経内科
1979年,北九州市生まれ.
2006年,九州大学医学部卒業,専門は,脳血管内科.


104(352) 分子脳血管病 vol.8 no.3 2009